川之江湊(読み)かわのえみなと

日本歴史地名大系 「川之江湊」の解説

川之江湊
かわのえみなと

[現在地名]川之江市川之江町

金生きんせい川河口の湊。古くから船泊に利用したと思われ、この地の菅公伝説に、道真が大宰府へ配流の途次、川之江の字大門だいもんに上陸し、自ら松樹を植えたなどと伝える。大門の辺りは、昔入海になっていたといわれ、いま菅原すがわら神社・天神松(舟寄松)がある。

江戸時代には交通の要地として港も賑い、寛文七年(一六六七)の「西海巡見志」には、御高札あり、舟番所あり、片浜、高一千六〇〇石、家数二五〇軒、舟数二九艘、うち九艘一五〇石積より二五〇石積まで、二〇艘猟舟、加子数一二一人とある(→川之江村

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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