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川之江 かわのえ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

川之江
かわのえ

愛媛県最東端,燧灘に面する地区。旧市名。 1954年川之江,金生上分の3町と金田,川滝,妻鳥の3村が合体して市制。 2004年4月,伊予三島市,新宮村,土居町と合併し四国中央市となる。古くから海陸交通の要地。中心市街地の川之江は寛永 13 (1636) 年に一柳氏3万石の城下町として発展。のち幕末まで天領となり,代官所,船奉行所が置かれた。 1933年に金生川河口を埋め立て,紡績工場を誘致,1943~46年河道をつけ替え,道路や市街地を造成。古くから伊予紙の産地として有名で,金生川沿いに製紙工場,紙器工場などが集中している。古墳や古社寺など名所・旧跡が多い。真鍋家住宅は重要文化財。 JR予讃線,国道 11号線,192号線が通り,高松自動車道松山自動車道,高知自動車道を結ぶ川之江ジャンクションがある。

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デジタル大辞泉の解説

かわのえ〔かはのえ〕【川之江】

愛媛県東端にあった市。燧灘(ひうちなだ)に面し、古来、交通の要地であった。平成16年(2004)伊予三島市、新宮(しんぐう)村、土居(どい)町と合併して四国中央市となる。→四国中央

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

川之江
かわのえ

愛媛県の東端にあった旧市名(川之江市)。現在は四国中央市の北東部を占める一地域。1954年(昭和29)川之江、上分(かみぶん)、金生(きんせい)の3町、妻鳥(めんどり)、金田(かなだ)、川滝の3村が合併して市制施行。2004年(平成16)伊予三島(いよみしま)市、土居(どい)町、新宮(しんぐう)村と合併、四国中央市となる。旧川之江市は、金生川流域を中心に広がり、北は燧灘(ひうちなだ)に面し、東部は香川、徳島両県と接する。JR予讃(よさん)線、国道11号が通じ、国道192号を分岐する。また、松山自動車道、高松自動車道、徳島自動車道、高知自動車道という四つの高速道路が交わる交通の要衝となっており、川之江と川之江東の二つのジャンクションがある。中心地区の川之江地区は河口にあって古くから栄え、河江、川江とも書いた。阿波(あわ)(徳島県)や土佐(高知県)への街道が通じ、また土佐藩主の参勤交代の船出の地でもあり、幕府領支配のための代官所が置かれていた。金生川の水と四国山地のミツマタ、コウゾなどの原料が入手しやすかったため、近世末から、手漉(てす)き和紙の製造で栄えた。大正時代に機械漉きの技術を導入、第二次世界大戦後は洋紙生産が盛んで、銅山(どうざん)川の水を柳瀬(やなせ)ダムによって導水し、工業用水が確保されたため、西隣の旧伊予三島市とともに、紙・パルプ工業生産で西日本有数の地区へと発展した。上分には機械漉き和紙、水引(みずひき)、のし紙、トイレットペーパー、衛生紙綿などの工場が多い。川之江地区では手漉き和紙工場もあり、妻鳥では段ボールや改良紙などの大工場も立地する。香川県境に近い切山(きりやま)地区の真鍋(まなべ)家住宅は16世紀末から17世紀初めごろの農家で、国の重要文化財。向山(むかいやま)古墳、朝日山古墳は県指定史跡である。[横山昭市]
『『川之江市史 第1輯』(1960・川之江市)』

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