川端二丁目(読み)かわばたにちようめ

日本歴史地名大系 「川端二丁目」の解説

川端二丁目
かわばたにちようめ

[現在地名]鳥取市川端二丁目・元町もとまち

川端一丁目の北西に続く智頭ちず街道筋までの両側町。南西には武家屋敷地藪片原やぶかたはらがある。元和五年(一六一九)城下町拡張に伴う町割のとき、町人地四〇町のうち上構二〇町の一町として起立された。寛永一一年(一六三四)の竈数三七(因幡志)。安永七年(一七七八)の家数六三、表口間数合せて一五七間、町役負担七九人余、賦課比率の等級は下に定められる。諸役御免の弓師斎藤伊兵衛の拝領屋敷三間があった(町方御定)。天保一四年(一八四三)の鳥取城下町全図(県立博物館蔵)によると、町内には直触商人若木屋市右衛門・間島要助などがいたほか、安政三年(一八五六)以降国産座御手懸商人砂糖藍売捌取扱方を勤めた虎屋久右衛門が居住していた(藩史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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