巨勢徳陀古(読み)こせのとこたこ

改訂新版 世界大百科事典 「巨勢徳陀古」の意味・わかりやすい解説

巨勢徳陀古 (こせのとこたこ)
生没年:?-658(斉明4)

7世紀の中央豪族。徳太,徳陀,徳多,徳太古とも表記。643年(皇極2)11月蘇我入鹿の命により,将軍として山背大兄王を斑鳩(いかるが)宮に襲った。645年6月中大兄皇子が蘇我入鹿を討った乙巳(いつし)の変のときには,蘇我蝦夷を助けようとした漢直(あやのあたい)らの説得のために中大兄によって派遣され,武装解除に成功したことからすれば軍事に関係したらしい。649年(大化5)4月大紫の位に昇ると同時に,前月死去した阿倍内麻呂の後をうけ左大臣に就任。《公卿補任》によれば時に50歳。658年1月左大臣の地位のまま没。
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