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阿倍内麻呂 あべのうちまろ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

阿倍内麻呂
あべのうちまろ
(?―649)

最初の左大臣。一名倉梯麻呂(くらはしまろ)。蘇我入鹿(そがのいるか)が殺され孝徳(こうとく)天皇が即位するとただちに左大臣に任命され、大化改新の枢機に参画した。しかし積極的に革新的政策を打ち出したかどうか疑わしい。その女(むすめ)小足媛(おたらしひめ)は孝徳即位前にその妃となっていたので、臣下の長老として徳望から左大臣に任ぜられたものであろう。648年(大化4)に四天王寺に僧尼を請(しょう)じ4躯(く)の仏像を迎え塔内に安置し、霊鷲山(りょうじゅせん)の像をつくった。大鳥大臣と号した。[横田健一]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の阿倍内麻呂の言及

【阿倍倉梯麻呂】より

…7世紀の中央豪族。阿倍内麻呂ともいい,大鳥大臣とも号した。内麻呂の内は阿倍氏中の家名で,大和国宇智郡ないし山城国宇治郡の地にちなむものと考えられ,推古・舒明紀にその名の見える阿倍麻呂も彼のことであろう。…

※「阿倍内麻呂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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