市川復斎(読み)いちかわ ふくさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「市川復斎」の解説

市川復斎 いちかわ-ふくさい

1828-1863* 幕末武士
文政11年11月16日生まれ。石見(いわみ)(島根県)津和野藩儒。昌平黌(しょうへいこう)にはいり,また古賀精里の門でまなぶ。藩校養老館の教頭となり,のち寺社奉行を兼任。藩の蘭医吉木蘭斎らと開国を主張したがいれられなかった。文久2年11月14日死去。35歳。名は住儆,剛之(たかゆき)。通称は弁五郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む