市平賀村(読み)いちひらがむら

日本歴史地名大系 「市平賀村」の解説

市平賀村
いちひらがむら

[現在地名]関市市平賀・平賀町(ひらがちよう)・南出(みなみで)・東山(ひがしやま)・東新町(とうしんちよう)・旭(あさひ)ヶ丘(おか)・西旭(にしあさひ)ヶ丘(おか)・宮地町(みやじちよう)・東町(ひがしまち)一―五丁目・東山(ひがしやま)一―二丁目

津保(つぼ)川右岸にあり、東部は山地、西部は平坦地をなす。加茂郡に属し、北と西は武儀(むぎ)郡吉田(きつた)村。室町期には大平賀(おおひらが)村(現加茂郡富加町)とともに平賀郷(富加町の→大平賀村)と称し、村名は交通の便により市場が立てられたことに由来するという(美濃国加茂郡誌)。東西に津保街道が通る。慶長郷帳に村名がみえ、村高五六八石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では西尾嘉教(揖斐藩)領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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