日本大百科全書(ニッポニカ) 「武儀」の意味・わかりやすい解説
武儀
むぎ
岐阜県中南部、武儀郡にあった旧町名(武儀町(ちょう))。現在は関市の北東部を占める地域。旧武儀町は、1955年(昭和30)富之保(とみのほ)、中之保(なかのほ)、下之保(しものほ)の3村が合併し武儀村となり、1971年町制施行。2005年(平成17)武芸川(むげがわ)町、洞戸(ほらど)、板取(いたどり)、上之保(かみのほ)の3村とともに関市に編入。旧町域は、長良(ながら)川支流の津保川の中流域にあって、高山―岐阜を結ぶ飛騨(ひだ)街道が通っている。地域の約90%を山林が占め、シイタケの原木栽培が盛ん。兼業農家や地域外転出者が多く、関市街地や美濃加茂(みのかも)市などへの通勤者も多い。下之保の高沢山を背にした真言(しんごん)宗日龍峰寺(にちりゅうぶじ)の多宝塔は鎌倉後期の建造で、国指定の重要文化財である。
[上島正徳]