市谷長延寺門前(読み)いちがやちようえんじもんぜん

日本歴史地名大系 「市谷長延寺門前」の解説

市谷長延寺門前
いちがやちようえんじもんぜん

[現在地名]新宿区市谷長延寺町

長延寺谷の通りと左内(さない)坂の通りに挟まれた長延寺の境内に成立した門前町屋。境内の北東側(長延寺谷の通り側、表門前)と南西側(左内坂の通り側、裏門前)の二ヵ所にあったが、左内坂の通り側の裏門前は、この通りの向い側の市谷宗泰寺(いちがやそうたいじ)門前などと合せて市谷上寺(いちがやうえてら)町と称された。長延寺谷の通り側の表門前は北東は紀州藩付家老水野家上屋敷・市谷長延寺谷(いちがやちようえんじたに)町、北西は旗本安藤家の屋敷。家作は寛永一三年(一六三六)頃からあったといい(文政町方書上)、延享二年(一七四五)に町奉行支配となった(安永三年小間附町鑑)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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