市谷長延寺谷町(読み)いちがやちようえんじたにまち

日本歴史地名大系 「市谷長延寺谷町」の解説

市谷長延寺谷町
いちがやちようえんじたにまち

[現在地名]新宿区市谷長延寺町いちがやちようえんじまち

長延寺谷の通りの北東側を占める片側町。南東は紀州藩付家老水野家の屋敷、南は市谷長延寺門前南西は旗本安藤家の屋敷、北西は御家人松平家の屋敷など、北東は御家人中島家の屋敷など。慶長一一年(一六〇六)に召抱えられた納戸方同心六〇人は、元和六年(一六二〇)当時小石川にあった吉祥きちじよう(現文京区)の近辺に一人宛二〇〇坪ずつの大縄屋敷を与えられた。同所は寛永一六年(一六三九)上地となったため、牛込天龍寺うしごめてんりゆうじ前に代地を与えられたが、土地が不足していたため、足地を当地で拝領、拝領した納戸方同心は内海八左衛門ら五名であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む