市谷鷹匠町(読み)いちがやたかじようまち

日本歴史地名大系 「市谷鷹匠町」の解説

市谷鷹匠町
いちがやたかじようまち

[現在地名]新宿区市谷鷹匠町

明治五年(一八七二)市谷長延寺谷いちがやちようえんじたに町の北側の旧武家地を合せて起立町名一帯がかつて鷹匠組屋敷であったことに由来(御府内備考)。沿革図書では延宝年中(一六七三―八一)には鷹匠頭戸田七之助が組屋敷として当地を拝領していた。元禄期(一六八八―一七〇四)以降は御家人の屋敷に細分化されたが、里俗に鷹匠町とよばれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む