帆波浦(読み)ほばうら

日本歴史地名大系 「帆波浦」の解説

帆波浦
ほばうら

[現在地名]鶴見町有明浦ありあけうら

日野ひの浦の北東に位置。毛利高直御墨付不所持分覚(温故知新録)に帆波浦がみえる。元禄郷帳・天保郷帳では中浦なかうら村に含まれたと思われ、享和三年(一八〇三)の郷村仮名付帳(佐伯藩政史料)に中浦村の枝郷として帆波浦がみえる。旧高旧領取調帳では帆波浦で高付され、高六石余。元和―寛永期(一六一五―四四)当浦居住の権兵衛が鶴見半島の一二ヵ浦(のちの中浦村に相当)を総括していたという(「宇左衛門家系図」渡辺家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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