日本歴史地名大系 「帷子小路」の解説 帷子小路かたびらこうじ 岩手県:盛岡市盛岡城下帷子小路[現在地名]盛岡市中央通(ちゆうおうどおり)三丁目・本町通(ほんちようどおり)三丁目・長田町(ながたちよう)三戸(さんのへ)町の西に延びる東西二町ほどの侍町(内史略本「盛岡砂子」など)。西は長(なが)町、南は平山(ひらやま)小路、北は長町上横(かみよこ)町に接する。同書によれば、元和年中(一六一五―二四)の士屋敷割の時に帷子多左衛門善慶という者が町割を行ったというが、寛永城下図では町並はみえず、すべて田畑であった。「内史略」は、貞享年中(一六八四―八八)に帷子多左衛門が町割を行ったため帷子丁と称したとする。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報