常問村(読み)じようどむら

日本歴史地名大系 「常問村」の解説

常問村
じようどむら

[現在地名]橿原市一(かず)町

曾我川両岸に立地。東は北越知(きたおち)村。「城土」(越智郷段銭算用状)、「城戸」(越智郷楢原郷未進納帳)とも書く。越智氏系図によれば、北越知村西北の大石(おおいし)山に乾(いぬい)木戸(城戸)があった。

文禄四年(一五九五)の検地奉行は御牧景則。慶長郷帳には「城戸村」とあり、村高一一七一・二四六石。高取藩(本多俊政)領。寛永一〇年(一六三三)本多氏断絶により幕府領。寛永一六年萩(はぎ)ノ本(もと)村一五六・六七四石が分離独立し(歳々御免定之写)村高一〇一四・五七二石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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