常磐古戦場(読み)ときわこせんじよう

日本歴史地名大系 「常磐古戦場」の解説

常磐古戦場
ときわこせんじよう

[現在地名]旭村常磐

西勝下(にしかつおり)の西約一キロにある。室町中期に江戸氏の南下に伴い起こった合戦場の跡で、「江戸軍記」によれば、文明一八年(一四八六)に江戸通長が鹿島郡北部に勢力を有する徳宿・烟田連合軍を攻撃、三月一八日に徳宿(とくしゆく)城(現鉾田町)を落城させ、さらに字合戦場(かつせんば)付近で援軍の鹿島・下総の軍勢と乱戦となったという。合戦塚はこの時の戦死者を葬ったもので、現在は二ヵ所残っているが、以前は七ヵ所あったといわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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