日本歴史地名大系 「幣舞町」の解説 幣舞町ぬさまいちよう 北海道:釧路支庁釧路市釧路市街幣舞町[現在地名]釧路市幣舞町・南大通(みなみおおどおり)一―三丁目・富士見(ふじみ)一―三丁目明治二一年(一八八八)から同三三年まで存続した町。釧路市街の北東部にあり、釧路川に臨む。「戊午日誌」(久須利誌)に「ヌサマイ 是わたし場の上の岬の鼻にヱナヲの多く建て有る処を云よし、ヌサは木幣の事、マイはヲマイの儀にて在うと云事也」とあるのは当地とされる。明治五年「碇(いかり)」「苧足糸(おたいと)」「幣舞(ぬさまい)」など七ヵ村を合せて釧路村が設置されたというが(状況報文)、同六年の「釧路国地誌提要」に幣舞村とみえ、アイヌの戸口は三六戸・一五九人。 幣舞町ぬさまいちよう 北海道:釧路支庁釧路市幣舞町[現在地名]釧路市幣舞町・南大通(みなみおおどおり)一―八丁目昭和七年(一九三二)に設置された町名。もとは幣舞町のうち。同年釧路税務署設置。同一三年釧路放送局開局。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報