日本歴史地名大系 「平福宿」の解説 平福宿ひらふくしゆく 兵庫県:佐用郡佐用町平福村平福宿[現在地名]佐用町平福因幡道の宿場。因幡道は美作道の三日月(みかづき)宿(現三日月町)を出たあと下徳久(しもとくさ)村(現南光町)大田井(おおたい)で分岐して釜須(かます)峠―口金近(くちかねちか)村を経て当宿に至り、次いで正吉(まさよし)村―新田(しんでん)坂―豊福(とよふく)村―大畠(おおばたけ)村釜坂(かまさか)峠を越えて美作国小原(おはら)宿(現岡山県大原町)に至る。因幡鳥取藩主の参勤交代路であった。慶長五年(一六〇〇)平福利神(りかん)城に入った池田由之が街道を整備したとされるが、本格的に宿場が整備されたのは池田光政が因幡・伯耆両国に移封した元和三年(一六一七)以降とみられる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報