日本歴史地名大系 「平良石村」の解説 平良石村ひららいしむら 大分県:大分郡庄内町平良石村[現在地名]庄内町平石(ひらいし)大分川上流の星(ほし)岳(七二九・一メートル)南東麓にあり、西は蓑草(みのくさ)村。江戸時代を通じて府内藩領で、奥郷蛇口組に属した(府内藩記録)。正保郷帳に村名がみえ田高一一六石余・畑高四二石余、阿南(あなん)庄に所属。旧高旧領取調帳では高一七一石余。明和七年(一七七〇)の庚寅年御物成帳写(麻生家文書)などによれば、当村と中無礼(なかむれ)村はそれぞれ独立しているが常に一帳として扱われており、同年の免は田方八ツ、畑方では米一ツ、大豆五ツ。天明四年(一七八四)には田方の免は七ツ一分(「品々控覚帳」同文書)。同年から翌年にかけて組頭と百姓の間で紛争が起こっている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by