柞原八幡宮(読み)ゆすはらはちまんぐう

日本大百科全書(ニッポニカ)「柞原八幡宮」の解説

柞原八幡宮
ゆすはらはちまんぐう

「いすはら~」ともいう。大分市大字八幡に鎮座。仲哀(ちゅうあい)天皇、応神(おうじん)天皇、神功(じんぐう)皇后を祀(まつ)る。827年(天長4)延暦(えんりゃく)寺の僧が柞原山(いすはらやま)に八幡大神の示顕を感得、836年(承和3)社殿を創建したと伝える。宇佐(うさ)神宮の第二御分霊地(ごぶんれいち)として朝野の尊崇厚く、豊後(ぶんご)(大分県)の国府に近いことから歴代国司もよく崇敬し、豊後一宮(いちのみや)と称せられた。旧国幣小社。例日は3月15日で、初卯(はつう)祭ともいう。9月中旬の仲秋祭には放生会(ほうじょうえ)の神事がある。社殿は朱塗りで彫刻も多く、東九州の日光と称する。社蔵の金銅仏、太刀(たち)などは国の重要文化財。南大門周辺の樟(くす)は天然記念物に指定される。『由原(ゆすはら)八幡宮縁起』二巻は1622年(元和8)に寄進された。

[二宮正彦]


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百科事典マイペディア「柞原八幡宮」の解説

柞原八幡宮【ゆすはらはちまんぐう】

柞原は〈いすはら〉ともよみ,由原社などとも書く。大分市八幡に鎮座。旧国幣小社。仲哀天皇応神天皇神功皇后をまつる。827年宇佐神宮分祀として二葉山に鎮座したと伝える。例祭3月15日。ほかに夏越祭(7月31日〜8月2日),誕生祭(旧12月14日)など。銅造仏像,国宗銘太刀,柞原八幡宮文書などは重要文化財。

柞原八幡宮【いすはらはちまんぐう】

柞原(ゆすはら)八幡宮

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精選版 日本国語大辞典「柞原八幡宮」の解説

ゆすはら‐はちまんぐう【柞原八幡宮】

大分市上八幡にある神社。旧国幣小社。祭神は仲哀天皇、応神天皇、神功皇后。天長四年(八二七)の創祀。承和三年(八三六)社殿を造営して宇佐神宮第二御分霊地となる。豊後国一の宮。いすはらはちまん。由原宮

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デジタル大辞泉プラス「柞原八幡宮」の解説

柞原(ゆすはら)八幡宮

大分県大分市にある神社。祭神は仲哀天皇、応神天皇、神功皇后。9世紀前半の創祀と伝わる。豊後国一之宮。「いすはらはちまんぐう」とも呼ばれる。

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世界大百科事典 第2版「柞原八幡宮」の解説

ゆすはらはちまんぐう【柞原八幡宮】

大分市上八幡に鎮座。仲哀天皇,応神天皇,神功皇后をまつる。古くは豊後一宮と称された旧国幣小社。古文書には由原社,賀来(かく)社,八幡大菩薩由原宮などともみられる。〈由原八幡縁起〉と1289年(正応2)の〈大宮司経妙申状案〉は,827年(天長4)5月,延暦寺の金亀和尚が宇佐八幡に千日の参籠をし,830年3月に示現を蒙り,同年7月に創祀したという。836年(承和3)に右大臣清原夏野がを奉じ豊後国司大江宇久に宝殿を造営させた。

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