平野町二丁目(読み)ひらのまちにちようめ

日本歴史地名大系 「平野町二丁目」の解説

平野町二丁目
ひらのまちにちようめ

[現在地名]東区平野町二―三丁目

平野町一丁目の西にあり、さかい筋の少し東より難波橋なにわばし筋を経て中橋なかばし筋の少し西まで。延宝七年(一六七九)東平野ひがしひらの町の二〇屋敷と西平野町の一八屋敷を一町にして成立。大坂三郷北組に属し、明暦元年(一六五五)西平野町当時の年寄は灰屋客西、延宝七年の年寄は和泉屋長右衛門(安政三年「水帳」大阪市立中央図書館蔵)。元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数三五・役数四四半役で、うち年寄分・会所分各一役が無役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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