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幹山伝七 かんざん でんしち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

幹山伝七 かんざん-でんしち

1821-1890 幕末-明治時代の陶工。
文政4年生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)彦根藩の御用窯湖東焼にかかえられるが,文久2年京都にいき,のち清水に窯をきずく。維新後西洋絵具の使用法をワグネルにまなび,洋風磁器をやく。明治5年以降は乾山伝七を名のり,6年のウィーン万国博などに出品した。明治23年2月28日死去。70歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。本姓は加藤。初名は繁次郎,孝兵衛。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

幹山伝七

没年:明治23.2.28(1890)
生年:文政4(1821)
幕末明治期の陶工。尾張(愛知県)瀬戸生まれ。加藤孝兵衛の3男。幼名,繁次郎。のち孝兵衛を襲名した。彦根藩の招きにより,安政4(1857)~文久2(1862)年湖東焼で作陶を行う。同年京都東山に移り,慶応年間(1865~68)清水に丸窯を築き,磁器製造を始める。文久3年,幹山松雲亭と号し,明治に入り,幹山伝七を名乗った。明治5(1872)年京都府から「職業出精ノ者」として表彰,同8年,京都府勧業場御用掛に任命される。国内の博覧会をはじめ,パリ,シドニー,アムステルダム万国博覧会でも幾多の賞を受ける。明治3年ごろから指導を受けたワグナーの影響により,西洋絵具の試用,石炭窯による磁器焼成など京焼に新しい動きをもたらした。

(伊藤嘉章)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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