広幡基豊(読み)ひろはた もととよ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「広幡基豊」の解説

広幡基豊 ひろはた-もととよ

1800-1857 江戸時代後期の公卿(くぎょう)。
寛政12年4月22日生まれ。広幡経豊(つねとよ)の子。文化10年従三位。権(ごんの)大納言をへて,内大臣,従一位にすすむ。嘉永(かえい)4年から議奏をつとめた。安政4年5月29日死去。58歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「広幡基豊」の解説

広幡基豊 (ひろはたもととよ)

生年月日:1800年4月22日
江戸時代末期の公家
1857年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む