広永新田(読み)ひろながしんでん

日本歴史地名大系 「広永新田」の解説

広永新田
ひろながしんでん

[現在地名]四日市市山分やまけ

朝明あさけ川の南岸に位置し、対岸には本邑広永村がある。広永新田の成立時期については不明であるが、慶安郷帳(明大刑博蔵)にはみえず、元禄郷帳に出るところから一七世紀後半の開発によると考えられる。初め桑名藩領、文政六年(一八二三)以降おし(現行田市)藩領、天保一三年(一八四二)以降幕府領、その後再び忍藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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