広河原(読み)ひろがわら

日本歴史地名大系 「広河原」の解説

広河原
ひろがわら

[現在地名]臼田町大字田口 広河原

田野口村枝郷広河原は田口(たぐち)峠(一一七五メートル)から群馬県側斜面に約一・五キロ下った南牧(なんもく)川流域の標高七六八メートルの急斜面の谷間に位置する。東は上野国甘楽(かんら)郡星尾(ほしお)村・羽沢(はねざわ)村、南は熊倉(くまくら)村の山に連なり平地をみることができない。

爾宝山禅昌(ぜんしよう)寺は黄檗宗で上野国黒滝山不動(ふどう)寺末。貞享元年(一六八四)僧潮音の開基創建と伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の広河原の言及

【北岳】より

…北岳東方の大樺沢,西方の左俣沢,南方の北沢源流部などには,更新世に形成された氷食カールがある。かつては夜叉神峠などの峠を越えて入山しなければならなかったが,1962年野呂川林道が開通し,北岳北東麓の広河原で早川林道と結ばれてから登山者が急増した。さらに80年南アルプス林道が開通し,広河原は赤石山脈北部の登山,観光の拠点となった。…

※「広河原」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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