広瀬町村(読み)ひろせまちむら

日本歴史地名大系 「広瀬町村」の解説

広瀬町村
ひろせまちむら

[現在地名]国府町広瀬町

みや川中流右岸にあり、南対岸は名張なばり村、北東三日町みつかまち村。南北朝期以降、武安たけやす郷・広瀬郷を領有し、当地一帯を支配した広瀬氏の首邑であったための村名と思われる。慶長一〇年(一六〇五)の飛騨国郷帳に町方村とあり、広瀬郷に属し、田方一八八石余・畑方一〇一石余、物成八七石余。同一八年の郷帳では町方とあり、高四四一石余。元禄検地反歩帳では高七七三石余、田五二町三反余・畑一五町七反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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