庄ヶ宮村(読み)しようがみやむら

日本歴史地名大系 「庄ヶ宮村」の解説

庄ヶ宮村
しようがみやむら

[現在地名]水原町庄ヶ宮

北は中野目(なかのめ)村、西は野地城(やちじよう)村。貞享元年(一六八四)の村上藩領分郷村高辻帳に高二五二石八斗余とあり、元禄郷帳には里(さと)村枝郷と記される。宝永七年(一七一〇)幕府領となるが、その後白河藩領となり、文化年間(一八〇四―一八)の「白川風土記」によれば、戸数は四二軒で、村内に溜池一・板橋七・郷蔵二があり、郷蔵の蔵組の村々は中(なか)村・中野目村・下金田(しもかねだ)村・当村の四ヵ村であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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