庄吉村(読み)しようよしむら

日本歴史地名大系 「庄吉村」の解説

庄吉村
しようよしむら

[現在地名]茂原市庄吉

国府関(こうぜき)村の北に位置し、東西を丘陵に挟まれ、集落は散在している。中世は庄吉郷に含まれていたとみられる。康安二年(一三六二)四月二五日の関東管領高師有施行状(帰源院文書)に「上総国二宮庄内庄吉郷」とみえ、師有は幕府に謀反を起こした細川清氏(かつての幕府執事)の旧領である庄吉郷の下地を御愛局の代官に渡すように、上総守護千葉氏胤に命じている。貞治元年(一三六二)一二月二二日の鎌倉公方足利基氏寄進状(円覚寺文書)によると、御愛局追善のため庄吉郷が鎌倉円覚寺舎利殿に寄進された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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