庄寺村(読み)しようでらむら

日本歴史地名大系 「庄寺村」の解説

庄寺村
しようでらむら

[現在地名]南関町細永ほそなが

せき川左岸に位置し、北は関下せきしも村、南はいま村に接する。近世は南関手永に属する。寛文九年(一六六九)の「一統志」に「庄寺 岩薬師 権現」とある。元禄国絵図に「赤坂村之内庄寺村」とあり、赤坂あかさか村からの分村。「国誌」には「高四百九十六石余、シヤクシ村四郎丸村岩薬師村乙丸村等小村アリ、筑後三池領教良木村ニ隣レリ」とある。宝暦一四年(一七六四)の下ケ名寄帳によると畝数四五町七反三畝余、ほかに二四町五反六畝余があり、高五三六石四斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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