府古町(読み)ふごまち

日本歴史地名大系 「府古町」の解説

府古町
ふごまち

[現在地名]上越市ほん町二丁目

竪春日たてかすが町の北に続く本町ほんまち(北国街道)の両側町。町の長さおよそ五六間(高田市史)。北はよこ町。正徳年間(一七一一―一六)の高田町各町記録(榊原家文書)に「府古町と申名由緒不存候」とある。元府古もとふご町から分れた町というが(高田市史)、詳細は不明。高田宿を構成する一町で役馬一五疋を負担、宿問屋もあった。天和期(一六八一―八四)の調では役を負担する町で、屋敷数三六、名主がいた(頸城郡誌稿)。高田町各町記録では井戸数二一、紺屋一人。寛保二年(一七四二)の調では家数四五、名主一人(頸城郡誌稿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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