座安村(読み)ざーむら

日本歴史地名大系 「座安村」の解説

座安村
ざーむら

[現在地名]豊見城市座安(ざやす)

北は伊良波(いらふあ)村、西は数珠(ずず)潟原を挟んで東シナ海に面する。同村と併称してザー・イラーという。絵図郷村帳・琉球国高究帳および「琉球国由来記」に豊見城(とうみぐすく)間切座安村とみえる。高究帳によると高頭一八四石余、うち田一四一石余・畠四三石余。間切集成図には海岸線に沿って村が描かれ、当村から「すゝ」(数珠)と「よね」(与根)に囲まれた塩干場まで赤い線が引かれており、距離は二町七分。塩干場の回りは一三町一分九厘。「すゝ」の回りは九町九分で、「よね」の回りは一〇町四分余。保栄茂(びん)川原が当村の南で海に流れ出る。当間切の地頭代が座安親雲上を名乗り、一八八〇年(明治一三年)の役俸は米八石余・雑石二石余(役俸調書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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