庭七郷(読み)あえばしちごう

日本歴史地名大系 「庭七郷」の解説

庭七郷
あえばしちごう

三河を勢力範囲としていた足利尊氏が、手島四郎兵衛好忠を奉行として暦応二年(一三三九)から康永元年(一三四二)にかけて造成したという新田くりや新田・艫国ともくに新田・松井まつい新田・白浜しらはま新田・巨海こみ新田・寺津てらづ新田・津平子崎つのひらねさき新田の七新田七五〇石の地という(吉良町誌)。こののち石川妙鶴丸が加賀国から饗庭に来て饗庭妙鶴丸と名乗り、寛正五年(一四六四)から文正元年(一四六六)にかけて築いた新田を「後の饗庭七郷」という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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