康猶(読み)こうゆう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「康猶」の意味・わかりやすい解説

康猶
こうゆう

江戸時代初期の仏師康正の子とされる。仏師左京法眼康猶と称する。慶長7 (1602) 年 11月,教王護国寺大仏師職につき,元和5 (19) 年に徳川秀忠寿像,寛永8 (31) 年に日光東照宮釈迦多宝,大日の如来三尊,および本地堂の本尊像,また同じく江戸幕府の命で日光東照宮の仏像などを制作。上野寛永寺五重塔の釈迦,薬師,弥勒阿弥陀の四仏坐像も康猶の作と考えられる。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む