コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

日光東照宮 ニッコウトウショウグウ

デジタル大辞泉の解説

にっこう‐とうしょうぐう〔ニツクワウトウセウグウ〕【日光東照宮】

東照宮

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説

日光東照宮【にっこうとうしょうぐう】

栃木県日光市山内に鎮座。旧別格官幣社。祭神は徳川家康。社名は家康の神号東照大権現に由来。家康没後,遺命により久能山東照宮に葬ったが,1617年日光奥院の宝塔に改葬,社殿を創建。
→関連項目宇都宮藩寛永文化幸阿弥家古満家堆朱楊成東照宮鳴竜日光[市]日光日光国立公園日光杉並木日光例幣使左甚五郎

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

デジタル大辞泉プラスの解説

日光東照宮

栃木県日光市にある神社。1617年創祀。祭神は徳川家康公。陽明門、眠り猫など多くの国宝・重要文化財がある。「日光の社寺」として世界文化遺産に登録。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

にっこうとうしょうぐう【日光東照宮】

栃木県日光市山内にある徳川家康をまつる神社。1616年(元和2)4月17日家康が駿府城で没すると,遺言に基づき,幕府はその夜神式をもって駿河久能山に葬り,墓前に社殿を建てた。遺命により天海の主導で,一周忌を期し下野国都賀郡日光山に改葬することとなり,翌17年仏岩山南に本社,拝殿,本地堂以下が完成,神霊をうつして4月正遷宮の祭礼が行われ,朝廷から東照大権現の神号の宣命正一位神階を受けた。なお廟所奥院の木造宝塔は22年竣工した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

にっこうとうしょうぐう【日光東照宮】

日光市内にある徳川家康の霊廟れいびよう。1617年駿河久能山より下野しもつけ日光山へ改葬し、1634~36年に大規模に造営。権現造りで江戸時代霊廟建築の代表的遺構。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日光東照宮
にっこうとうしょうぐう

東照宮」のページをご覧ください。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日光東照宮
にっこうとうしょうぐう

栃木県日光市山内に鎮座。正式名称は「東照宮」。徳川家康を主とし、豊臣(とよとみ)秀吉・源頼朝(よりとも)を合祀(ごうし)する。家康は1616年(元和2)4月17日駿府(すんぷ)城(静岡市)で没し、遺言により久能山(くのうざん)に神葬祭で葬り、翌年4月、日光の奥宮宝塔の地に改葬、国家鎮護の神として奉斎された。これが本社の起源で、その2月鎮座に先だち東照大権現(だいごんげん)の神号が宣下され、東照社と称した。この地は782年(天応2)山岳信仰の風潮とともに、勝道上人(しょうどうしょうにん)が男体山(なんたいさん)を中心に神仏混淆(こんこう)の霊場を開き、現在の二荒山(ふたらさん)神社・輪王寺(りんのうじ)の基礎をつくって以来、関東地方の信仰の中心となり、中世以降も関東武士に崇敬されてきていた。
 家康がこの地を訪ねた記録はないが、ここを関東における霊所、信仰の中心地とみて、ここに一周忌も過ぎたころに祀(まつ)られ、国家鎮護の神たらんことを遺言したものとみられる。その後1645年(正保2)11月に宮号を宣下されて東照宮と称されることとなり、正一位を贈られ、翌年家康の命日にあたる4月17日朝廷より臨時奉幣の儀があり、それより毎年4月幣帛(へいはく)奉納の儀が行われるようになり、例幣使(れいへいし)とよばれ幕末まで続いた。江戸時代に朝廷より毎年幣帛を奉納されたのは、伊勢(いせ)の神宮と東照宮のみであり、東照宮の例幣使はおおむね参議の職にある公卿(くぎょう)が任命され、往路は中山道(なかせんどう)・例幣使街道を、帰路は日光街道・江戸・東海道を通るのを通例とした。
 その社殿は1616年11月2代将軍秀忠(ひでただ)が社地を定め、本多正純(ほんだまさずみ)・藤堂高虎(とうどうたかとら)を奉行(ぶぎょう)とし、中井大和守正清(やまとのかみまさきよ)が設計して着工、翌年4月に完成したが、3代将軍家光(いえみつ)は祖父家康を尊敬する心きわめて篤(あつ)く、伊勢の神宮が20年ごとに造替される例に倣い、34年(寛永11)11月に秋元泰朝(あきもとやすとも)を奉行とし、甲良豊後守宗広(こうらぶんごのかみむねひろ)に設計指揮を命じ、36年4月におよそ現在みられる壮麗な社殿を造営した。この寛永(かんえい)の造営費用金56万8000両、銀100貫、米1000石はすべて幕府の支出であり、金箔(きんぱく)248万5500枚、材木総数14万0076本、工事人夫計454万1230人を要した。この社殿造営にあたり、自然の地形利用を十分に考え、老樹・巨木をなるべく残し、建物配置を相互に緊密にして全体的調和を計り、社殿材料、構造の耐久性、また火災・寒冷・湿気に対する対策を考え、建築物の形式、細部の意匠など当時の最高の技術方法を取り入れ、色彩の調和も計り、精巧優美な建造物造営を目ざした。以後元禄(げんろく)年間(1688~1704)の大修理をはじめ、およそ20年ごとに大規模な修繕がなされてきたが、本殿・石之間・拝殿は権現造の典型的なものであり、正面・背面の唐門、東西の透塀(すきべい)、陽明門(ようめいもん)、回廊とともに国宝に指定されている。また全長37キロメートルに及ぶ日光杉並木(特別史跡、特別天然記念物)は1625年(寛永2)以降松平正綱(まさつな)の寄進によるものである。
 明治の制で別格官幣社。例祭5月17日、徳川宗家(そうけ)、産子会員が参列し盛大に行われたあと、流鏑馬(やぶさめ)神事が行われ、夕刻3基の神輿(みこし)が本社より二荒山神社に渡御し、同夜そこで宵成(よいなり)祭があり、翌18日にはその二荒山神社より表参道を神橋(しんきょう)近くの御旅所(おたびしょ)まで渡御、そこで特殊神饌(しんせん)を供え、奉幣行事のあと、八乙女(やおとめ)舞、東遊(あずまあそび)を奏するが、この渡御は、1617年(元和3)久能山より遷霊した当時の供奉(ぐぶ)行列を模した百物揃(ひゃくものぞろえ)、千人武者行列でにぎわう。また10月16日五重塔前で舞楽、管絃(かんげん)が行われ、翌17日秋季祭で春の例祭時と同様、渡御祭千人武者行列が催される。[鎌田純一]
『東照宮編『東照宮史』(1927・東照宮社務所) ▽日光東照宮編『日光東照宮』(1977・日光東照宮社務所) ▽日光東照宮編『日光杉並木街道』(1978・日光東照宮社務所) ▽太田博太郎他監修、稲垣栄三著『原色日本の美術16 神社と霊廟』(1970・小学館) ▽太田博太郎他監修、桜井敏雄著『名宝日本の美術18 伊勢と日光』(1972・小学館)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の日光東照宮の言及

【厩∥馬屋】より

…中世の絵巻などに描かれた武家の馬屋では,猿が飼われているが,これは猿が馬の病気をなおすと信じられたためである。日光東照宮の神厩は,武家の馬屋の形式で造られ,三猿(見ざる,いわざる,聞かざる)その他の猿の彫刻が飾られている。また彦根城の馬屋はL字形の平面をもち,21の小間,端部に馬丁の休息所をもつ大規模なものである。…

【江戸時代美術】より

…だが,そうした障壁画や欄間の透し彫には,桃山美術の持つ潑剌とした感覚が薄れ,代わって格式張った荘重な雰囲気が強調されている。同様な性格は,日光東照宮の過剰なまでの彩色や装飾彫刻についても指摘できよう。これらに桃山美術の発展の最後の段階が見られる。…

【甲良宗広】より

…江戸初期に日光東照宮造営などで活躍した大工。近江国犬上郡甲良庄法養寺村に生まれた。…

【日光社参】より

…江戸時代,日光東照宮に参詣すること。社参者には,日光例幣使,将軍,大名,旗本,御家人,一般の武士や農工商の庶民など,さまざまの身分階層にわたったが,御宮(東照宮)と大猷院(家光)御霊屋(おたまや)に拝礼を許されるのは旗本以上に限られ,御家人以下の身分の者は拝見が許されただけであった。…

【日光奉行】より

…1700年(元禄13)に創設。幕府は1648年(慶安1)ごろより目付を1人在勤させ,日光東照宮の警備と山中の監察に当てた。3代将軍徳川家光の没後,その遺臣梶定良が大猷院(家光)廟定番(じようばん)となり,ともに日光山を管轄したが,のち目付在勤制を廃し,日光奉行を創設した。…

【日光例幣使】より

…江戸時代,朝廷より日光東照宮の例大祭に差遣された奉幣使。日光への勅使参向は1617年(元和3)の東照社鎮座に端を発するが,いわゆる例幣使発遣は,宮号を宣下され東照宮と称することになった45年(正保2)の翌年,参議持明院基定が臨時奉幣使として日光東照宮に発遣されたのに始まり,これより例となり毎年奉幣使が下向し,1867年(慶応3)に及んだ。…

※「日光東照宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日光東照宮の関連キーワード日光を見ない中は結構と言うな奈良屋茂左衛門(1代目)栃木県日光市山内奈良屋茂左衛門古満休伯(3)古満休意(2)堆朱 伝次郎和泉大掾九平春日部桐箪笥日光御成街道栃木県日光市古満六右衛門堆朱伝次郎大田原政清春日部桐箱松平 容保栗本幸阿弥奈良貞利狩野大学甲良宗広

今日のキーワード

やおら

[副]1 ゆっくりと動作を起こすさま。おもむろに。「やおら立ち上がる」2 静かに。そっと。「姫君、御硯(すずり)を―引き寄せて」〈源・橋姫〉[補説]文化庁が発表した平成18年度「国語に関する世論調査」...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

日光東照宮の関連情報