延里村(読み)のぶさとむら

日本歴史地名大系 「延里村」の解説

延里村
のぶさとむら

[現在地名]大田市長久町延里(ながひさちようのぶさと)

稲用(いなもち)村の南に位置し、東は邇摩(にま)郡行恒(ゆきつね)村。村の南方を静間(しずま)川が西流する。貞応二年(一二二三)三月日の石見国惣田数注文に「のふさとの御領 十三丁五反小」とある。永享一二年(一四四〇)九月一〇日の石州諸郡段銭注文(益田家文書)によれば、延里公田七町五反小に段銭が賦課されていた。天正一三年(一五八五)八月の小笠原長旌所領目録(島根県史)に「取米不知 延里村」とみえる。正保国絵図に村名がみえ、高三一九石余。元禄一〇年(一六九七)の石見銀山領村々覚によると田方二四八石余・畑方七一石余、年貢高は米一四三石余・銀四七四匁余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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