引原村(読み)ひきはらむら

日本歴史地名大系 「引原村」の解説

引原村
ひきはらむら

[現在地名]波賀町引原日(ひ)ノ原(はら)

引原川の上流域に位置し、南は原(はら)村・音水鉄山(おんずいてつざん)村。村の中心部は、昭和三三年(一九五八)に建設された引原ダムによって形成された音水湖の底に沈んでいる。平安時代末期には蟾原(ひきはら)庄に含まれており、中世には引原・曳原とみえる。文正元年(一四六六)一〇月五日の広峯社本所知行分所務注文(八坂神社文書)に「引原分両度一貫文」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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