日本歴史地名大系 「弥上村」の解説 弥上村やがみむら 岡山県:赤磐郡熊山町弥上村[現在地名]熊山町弥上・桜(さくら)が丘東(おかひがし)一―六丁目可真上(かまかみ)村の南にあり、可真川の水源地、大森(おおもり)山(二四〇・七メートル)北麓に集落がある。貞観七年(八六五)従四位下に叙せられたという見上(みかみ)神社から村名が生じたという。文明一六年(一四八四)一月、津高(つだか)郡金川(かながわ)(現御津郡御津町)の城主松田元成は、備後の山名俊豊とともに浦上則国の拠る福岡(ふくおか)城(現岡山市)を攻略した。続いて三石(みついし)城(現備前市)を攻めようとして浦上勢を追撃、逆襲されて「矢上村」の山之池(やまのいけ)で自刃した(備前軍記)。墓は大乗(だいじよう)寺(現瀬戸町)と伝える。慶長一〇年(一六〇五)備前国高物成帳(備陽記)のカマ庄に「矢上村」とみえ、寛永備前国絵図では弥上村として高五二七石余。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報