張釈之(読み)ちょうしゃくし(その他表記)Zhāng Shì zhī

改訂新版 世界大百科事典 「張釈之」の意味・わかりやすい解説

張釈之 (ちょうしゃくし)
Zhāng Shì zhī

中国,前漢の官僚生没年不明。字は季。南陽の堵陽(しやよう)(河南省方城県)の人。〈ちょうせきし〉とも読む。財貨によって騎郎となり,文帝のときに爰盎(えんおう)の推薦で謁者僕射(えつしやぼくや)(宮殿の門をつかさどる)となった。臣下は下車すべき宮殿の門を,車のまま通過しようとした皇太子を不敬罪で弾劾したことから人物を認められ,昇進して廷尉にのぼった。司法長官としての彼は,巡幸の列を犯した者や高祖廟の供えものを盗んだ者を,文帝の主観を排して法によってさばくなど,法の公平な適用を貫いたことでとくに注目される。景帝即位ののち淮南(わいなん)国の相に左遷され,ほどなく病死した。
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張釈之 (ちょうせきし)
Zhāng Shì zhī

張釈之(ちょうしゃくし)

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関連語 永田

世界大百科事典(旧版)内の張釈之の言及

【張釈之】より

…中国,前漢の官僚。生没年不明。字は季。南陽の堵陽(しやよう)(河南省方城県)の人。〈ちょうせきし〉とも読む。財貨によって騎郎となり,文帝のときに爰盎(えんおう)の推薦で謁者僕射(えつしやぼくや)(宮殿の門をつかさどる)となった。臣下は下車すべき宮殿の門を,車のまま通過しようとした皇太子を不敬罪で弾劾したことから人物を認められ,昇進して廷尉にのぼった。司法長官としての彼は,巡幸の列を犯した者や高祖廟の供えものを盗んだ者を,文帝の主観を排して法によってさばくなど,法の公平な適用を貫いたことでとくに注目される。…

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