翻訳|subject
客観の対(つい)概念。認識においては知の主観であり、実践においては行為の主体を意味する。ギリシア語ヒポケイメノンhypokeimenon(下に横たわっているもの)、ラテン語スブイェクトゥムsubjectum(下に投げられたもの)に由来する。それゆえ主観はもともと「根底にあるもの」であり、属性に対しては基体、述語に対しては主語を意味する。基体、主語は「属性、述語を根底にあって担うもの」だからである。客観の対概念としての主観は近世哲学において登場した。世界が客観として主観に対するものとして把握され、主観が客観を担うヒポケイメノン=基体となった。この主観は、世界(客観)の一部分として了解された心理学的主観とは区別されねばならない。この意味での主観は決定的な仕方で、デカルトにおいて「思惟(しい)するもの」として登場した。確かに思惟するものは思惟という属性を担う基体=実体であり、その限り延長という属性を担う物体(延長実体)と並ぶ実体にすぎない。しかし思惟するものはあらゆる物体から純化された主観であり、延長する物体は明証的に知られる限りにおいて客観として存在するとされる。それゆえ事柄としては、ここに「主観―客観」関係の成立をみることができる。カントにおいて、基体・主語から主観への決定的な意味転換がなされる。それ自身はもはや述語ではない主語としての無制約者が、いっさいの客観を自己のうちに包括する「我思惟す」の主観となる。この主観は、超越論的主観として、世界のうちにある経験的主観とは区別される。そして、この主観を実体化することははっきり否定される。
カント以後「主観―客観」関係は近世哲学をその根本から規定するのである。ドイツ観念論はこの関係を認識論の次元から存在論の次元へと発展させた。そしてヘーゲルにおいて主観概念は実体の対概念として新たな意味を獲得する。絶対者は主観(主体)であり、主観はもはや認識論的主観ではなく、形而上(けいじじょう)学的主体となる。しかしこの主観はけっしてヒポケイメノン=基体ではなく、自己運動し、自己顕現する主体である。フッサールにおいて超越論的主観性は世界を構成するとともに、その世界のうちで人間として自己客観化する。フッサール現象学は超越論的主観性の世界構成と自己構成との具体的分析なのである。この分析のうちで間(かん)主観性も主題となる。前期のウィットゲンシュタインにとって、哲学的自我は世界のうちにある心理学的主観ではなく、世界の限界としての形而上学的主観である。
ともかく主観概念が近世哲学の根本的枠組みを規定しているということができる。現在、近世哲学がその根底から問い直されているとすれば、ヒポケイメノンとしての主観に対する批判、「主観―客観」関係にかわるべき哲学の根本的枠組みをみいだそうとする試みがなされていることは当然であろう。
[細川亮一]
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…〈意識不明〉などというときの意識はまさにそのようなものであって,思考・感情・意志等の区別はそうした意識の下位区分をなすにすぎない。このように,〈主観〉とほとんど相おおう意味での意識を考えるならば,問題になるのは何と言っても対象との関係である。伝統的に模写説と構成説とが争われてきたのも,その点に関してである。…
…この〈ヒュポケイメノン〉がラテン語ではsubjectum(下に投げ出されてあるもの)と訳され,〈シュンベベコス〉がaccidens(偶有性)と訳されて,〈基体‐属性〉というこのとらえ方は中世のスコラ哲学や,さらには近代哲学にもそのまま受けつがれてゆくのである。
【主観‐客観と主体‐客体】
〈ヒュポケイメノン〉のラテン訳であるsubjectumという言葉は,スコラ哲学や近代初期の哲学においては,それ自体で存在し,もろもろの作用・性質・状態を担う〈基体〉という意味で使われていた。ホッブズやライプニッツは魂をsubjectumと呼んでいるが,それも感覚を担う基体という意味においてであり,そこには〈主観〉という意味合いはない。…
※「主観」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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