出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
ハインリヒ・マンの長編三部作《帝国》の第1部で,1911から雑誌に逐次発表され,14年第1次世界大戦の勃発直前に完成した(これに《貧しき人びと》《頭》が続く)。この作品のドイツ帝国批判はきわめてきびしく,出版社は開戦当初の愛国的熱狂をおもんばかって,単行本の刊行を控えたほどだったが,18年刊行されるやたちまち10万部も売れた。三部作の第1部は,主人公ディーデリヒ・ヘスリングが少年時代,ベルリンでの学生時代を経て故郷の都市で家長となり工場の総支配人になるまでの時期を描いている。貧窮から身を起こして製紙工場を経営するにいたった父親に対する少年ディーデリヒの関係がすでに,相互信頼を欠いたグロテスクな上下関係という主題を暗示し,主人公は長じて家族や労働者に対しては暴君であり,きわめて苛酷であるが,皇帝に象徴される権威に対しては従順そのものの臣下でしかない。この主人公を通じて〈ウィルヘルム期〉の支配層の精神構造が描きだされている。
執筆者:森川 俊夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ドイツの作家ハインリヒ・マンの小説。1914年に完成、週刊誌『ツァイト・イム・ビルト』での連載が第一次世界大戦開始で中止され、18年に単行本で出版されて大反響をよぶ。製紙工場主の息子が主人公。幼時父から体罰を受けると、強い者への服従の実感にむしろ喜びを感じる彼は、学生時代からウィルヘルム2世の熱狂的賛美者となり、父の事業を継ぐと、国粋主義の波にのって企業拡大と地方都市での政界への進出を図る。権力への服従によって、権力の分け前にあずかろうとし、弱者を犠牲にするこの「臣下」の行動と心理が、鋭い戯画化で描かれる。トゥホルスキーはこの書を「ドイツ人の標本」と絶賛した。
[長橋芙美子]
『小栗浩訳「臣下」(『世界文学全集45 H・マン』所収・1967・筑摩書房)』
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