当麻寺本堂下古墳(読み)たいまでらほんどうしたこふん

日本歴史地名大系 「当麻寺本堂下古墳」の解説

当麻寺本堂下古墳
たいまでらほんどうしたこふん

[現在地名]當麻町大字当麻

当麻寺本堂下の古墳。昭和三二年(一九五七)二月からの本堂解体修理の際に発見。基壇の中央部にほぼ南北方向に検出され、木棺の周辺や上部を塊石群で覆った礫槨とよばれる形式のもの。人頭大の塊石の平らな部分を上にして敷詰め、木棺を安置したのち礫を積上げた礫槨の外寸法は、長さ二・四メートル、幅九〇センチ、木棺は腐朽していたが長さ一・九メートル、幅五八センチ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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