御前丁(読み)おんざきちよう

日本歴史地名大系 「御前丁」の解説

御前丁
おんざきちよう

[現在地名]高梁市御前町

石火矢(いしびや)丁の東、秋葉(あきば)山西麓の上谷(かみだに)川(現小高下谷川)と頼久(らいきゆう)寺の間を南北に延びる道沿いに設けられていた家中屋敷町。御前神社が鎮座するところからこの名がある。元禄(一六八八―一七〇四)初年頃の御家内之記(「水谷史」芳賀家蔵)によれば家中屋敷一五があり、藩主石川総慶時代には一八(「松山城下絵図」三重県亀山市立図書館蔵)、延享元年(一七四四)には一一および一棟長屋二があった(「松山家中屋敷覚」高梁市立図書館蔵)。幕末には知行五〇―一二〇石取の家中屋敷二三があった。町の南端、頼久寺との境の坂道を美濃部(みのべ)坂といい、この坂道を登りつめたところにも一棟長屋一があった(「松山城下屋敷図」同館蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む