御園神明社(読み)みそのしんめいしや

日本歴史地名大系 「御園神明社」の解説

御園神明社
みそのしんめいしや

[現在地名]清洲町一場

祭神天照大神・倭姫命。旧村社。通称中島宮なかしまぐう。垂仁天皇代の勧請と伝えるが、社名の御園は伊勢の神宮領である清須御厨に由来し、この神明社はその御厨内に勧請されたものであろう。徳川義直以来、阿原あわら(現新川町)のうちに二〇石の黒印領を安堵されたが、「西春日井郡誌」はこれを織田信長に、「寛文覚書」は松平忠吉に始まるとする。「雑志」によれば、天正一八年(一五九〇)豊臣秀吉の母が造営を行ったという。

宝永四年(一七〇七)天野信景が「惣社参詣記」にこの社のことを中島宮と記して以来、江戸時代には中島宮を公称し、御園神明は俗称であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 勧進 子分 当主

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む