御影堰(読み)みかげせぎ

日本歴史地名大系 「御影堰」の解説

御影堰
みかげせぎ

水源は浅間山麓千(せん)ヶ滝(たき)付近(現軽井沢町)から取水する千ヶ滝上堰の延長二〇キロと、湯(ゆ)川上流から取水する湯川下堰の延長二八キロの二つがあり、合流後八キロにして御影新田(現小諸市御影)に達する。灌漑地域は御影新田のほか、児玉新田(こだましんでん)(現御代田(みよた)町児玉)、小田井(おたい)村(現御代田町小田井・佐久市小田井)、前田原(まえたばら)村(現御代田町前田原・佐久市西屋敷)、馬瀬口(ませぐち)村(現御代田町馬瀬口)、岩村田(いわむらだ)宿(現佐久市岩村田)、長土呂(ながとろ)村(現佐久市長土呂)、赤岩(あかいわ)村(現佐久市塚原)等に及ぶ。

千ヶ滝にある慶安三年(一六五〇)建立の「信州佐久郡千加滝潼碑文」(旧版北佐久郡志)によれば、この堰の奉行人は小諸藩の代官を務めた土屋市左衛門(追分宿問屋本陣)ほか三人の土着豪族、潼(堰)見立人は柏木小右衛門ほか一人となっているが、実際の開発者は小右衛門であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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