御鮨所跡(読み)おすしどころあと

日本歴史地名大系 「御鮨所跡」の解説

御鮨所跡
おすしどころあと

[現在地名]岐阜市益屋町

御鮨屋(おすしや)・御鮨元(おすしもと)とも称され、将軍家などに献上される鮎鮨を中心に鱒鮨、鮎の塩漬・粕漬などを製造した。寛政六年(一七九四)の町絵図によれば、山口横(やまぐちよこ)町の南側に位置し、南北の下茶屋(しもちやや)町の町並南端から若干東に寄っている。御鮨屋横町という名称があった。元和元年(一六一五)徳川家康が長良川の鵜飼を観賞し、鮎鮨を所望して以来、尾張藩が将軍家をはじめ諸家への献上、および尾張藩御用のため、鵜飼・鮎鮨の製造・運搬に至るまでを制度的・機構的に整備したことに始まる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む