国指定史跡ガイド 「徳島藩松帆台場跡」の解説
とくしまはんまつほだいばあと【徳島藩松帆台場跡】
兵庫県淡路市岩屋にある砲台跡。幕末、瀬戸内海上交通の要衝である明石海峡の防備を目的として、徳島藩によって淡路島最北端に築造された。1858年(安政5)に着工、1861年(文久1)までの4年間にわたり工事が進められた。台場は、海側に三角形の突出部が2基並んだM字形を呈し、東側に目隠し土塁が延び、堡塁内部には火薬庫、弾薬庫、調練場などの施設が設けられた。台場の南側には台場からの砲撃力が及ばない海上の敵を迎撃するため、御備船(バッテラー)という小型高速船を係留する港湾施設である松帆湊が築造された。湊は1859年(安政6)に着工、1862年(文久2)には湊内の掘削と係留岸壁の工事が完成をみた。発掘調査によれば、湊は風化花崗岩の岩盤を掘削して岸壁を造り出し、北東辺が約43m、南東辺が約41.5mの平行四辺形に近い形で、深さは約4mあったことが明らかになった。幕末開国期の欧米列強との軍事的緊張のなか、明石海峡防備のために造営された台場跡は、当時の政治・外交を知るうえで重要とされ、2006年(平成18)に国の史跡に指定され、2011年(平成23(に追加指定があった。岩屋港から淡路交通バス「松帆の浦」下車、徒歩約5分。