日本歴史地名大系 「徳成村」の解説 徳成村とくなりむら 石川県:輪島市旧町野町地区徳成村[現在地名]輪島市町野町徳成(まちのまちとくなり)東(ひがし)村の西に位置。西の金蔵(かなくら)村との境にある「ワンデラ」とよばれる地に古墓地があり、当村の発祥地といわれる。弘治三年(一五五七)八月一〇日銘の石瀬比古神勧請札(石瀬比古神社蔵)に「徳成村役人 大滝九良次良」とみえる。正保郷帳では東村と一括して高付される。承応三年(一六五四)の村御印の高二四五石余、免四ツ七歩(能登奥両郡収納帳)。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の高二五一石、免五ツ五歩、小物成は山役九〇匁・漆役二匁・蝋役一匁、鳥役一匁(出来)であった(三箇国高物成帳)。 徳成村とくなりむら 富山県:西礪波郡福光町徳成村[現在地名]福光町徳成山田(やまだ)川左岸、殿(との)村の南にある。元和五年(一六一九)の家高新帳に「とく成」とみえ、上組本江組に属し、役家数七。正保郷帳では高三三二石余、田方二一町余・畑方一町一反。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高三七七石、免五ツ五歩、小物成は山役六四匁(三箇国高物成帳)。文政八年(一八二五)には能美組、天保一〇年(一八三九)以後は井口組に属した。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by