徳賢寺(読み)とくけんじ

日本歴史地名大系 「徳賢寺」の解説

徳賢寺
とくけんじ

[現在地名]観音寺市粟井町 本庄

粟井小学校正門北側にある。浄土真宗本願寺派。金界山と号し、本尊阿弥陀如来。「西讃府志」によれば高松興正こうしよう寺末。同書および寺伝によれば文禄二年(一五九三)伊吹いぶき島で戦死した合田晴久の子常清は当地に来住。その子小三郎は出家して雲海と号し、菩提無量むりよう(現在廃寺)に入る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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