志手原村(読み)しではらむら

日本歴史地名大系 「志手原村」の解説

志手原村
しではらむら

[現在地名]三田市志手原

三輪みわ村の北、香下かした村の西に位置し、北は尼寺にんじ村および川辺かわべ市之瀬いちのせ村・下槻瀬しもつきせ村に接する。清水しみず山の南方に開かれた山間盆地で、山田やまだ川が貫流する。集落は丘陵上にある。三輪村上野うえのはらからの道は地内中央で香下村より多田ただ銀銅山に至る道と下槻瀬村から能勢のせ妙見(現大阪府能勢町)への道に分岐する。当村は長保年間(九九九―一〇〇四)から戦国時代荒木村重の有馬ありま郡平定まで尼寺菩提ぼだい寺の寺領であったという(有馬郡誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む