志手原村(読み)しではらむら

日本歴史地名大系 「志手原村」の解説

志手原村
しではらむら

[現在地名]三田市志手原

三輪(みわ)村の北、香下(かした)村の西に位置し、北は尼寺(にんじ)村および川辺(かわべ)郡市之瀬(いちのせ)村・下槻瀬(しもつきせ)村に接する。清水(しみず)山の南方に開かれた山間盆地で、山田(やまだ)川が貫流する。集落は丘陵上にある。三輪村上野(うえの)ヶ原(はら)からの道は地内中央で香下村より多田(ただ)銀銅山に至る道と下槻瀬村から能勢(のせ)妙見(現大阪府能勢町)への道に分岐する。当村は長保年間(九九九―一〇〇四)から戦国時代荒木村重の有馬(ありま)郡平定まで尼寺の菩提(ぼだい)寺の寺領であったという(有馬郡誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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