志浜村(読み)しづきはまむら

日本歴史地名大系 「志浜村」の解説

浜村
しづきはまむら

[現在地名]津名町志筑しづき

大谷おおたに村の南にあり、南東海浜は志筑浦。遠田とおだ(現一宮町)より南流する王子おうじ(宝珠川)と、志筑中田しづきなかだ村よりほぼ東流する志筑川が海近くで合流する。正保国絵図に村名がみえ、高一千一七〇石余。延宝四年(一六七六)の品々帳(正井家文書)では高一千六六三石余。元禄一七年(一七〇四)検地帳(津名町史)によれば、本村傍示・浦分共高二千六八五石余(田二千三一四石余・畑三七〇石余)・反別一五六町九反余(田一〇八町七反・畑四八町二反余)、加子屋敷分二七石余のほか御蔵床引三斗余・御番所屋敷引二升余となっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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