志知北村(読み)しちきたむら

日本歴史地名大系 「志知北村」の解説

志知北村
しちきたむら

[現在地名]西淡町志知(しち)

西路(にしじ)浦の南、馬乗捨(うまのりすて)川と大日(だいにち)川の合流地周辺と、新(しん)川の間の低地に立地する。南接する松本(まつもと)村(現三原町)の境を阿那賀(あなが)浦へ至る道が南北に通り、西側を湊(みなと)浦から八幡(やはた)村(現南淡町)に至る道が通る。正保国絵図に村名がみえ、高三八一石余。天保郷帳では高四一一石余。反別戸数取調書では反別三一町四反余、高四四三石余、うち蔵入地高二四八石余、高一九五石余は坪内左太右衛門ら四名の給知、家数四一・人数一八七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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